一睡の夢:国鉄末期の12年

40年ほど前の国鉄時代の記録

山陰線 快速島根ライナー 1-2(石見津田)

1986/07/29 山陰線 石見津田/益田、3223D 鳥取発益田行

 今回は、石見津田から。益田方面にしばらく歩いた地点からになる。3223Dは2両。

今回の撮影画像では、右の上り側は非冷房キハ47連結に見える。左の車両については、

屋根上の水タンクがあると思えるためキハ58と推定。屋根に冷房用のクーラーが設置

されていることはわかるが、窓は結構開いている状態で、冷房装置は稼働していない。

 キハ58/キハ28の編成は、1エンジンのキハ28で冷房用の電源を積んでいる2000~

の連結があれば、自車も含めてたしか3両分の冷房用の電源の供給ができるらしい。

しかし3223Dでは、1両目はキハ58で冷房電源がないため冷房は稼働していない。

 日によって編成が異なっているようで、自分の撮影の範囲では、3223Dは非冷房の

キハ47の連結で冷房が稼働しない編成も見られた。キハ28やキハ58の屋根にせっかくの

冷房装置があっても、電源があるキハ28 2000~の連結がない場合は宝の持ち腐れで、

冷房は残念ながら稼働しない。とてももったいない状態。

 これは気動車に限らず電車でも同様。冷房改造が進行中であった当時の状況では、

編成の車両連結状態によって、冷房装置自体はあるが冷房が稼働せず、ということも

結構発生していた。真夏に冷房が効いている車両を選んで何とか乗るため、可能な限り

過去の知識を総合して・・・、と言うと大げさにはなるが、入線編成を見て前や後ろに

駆け足で駅のホームで移動して・・・は、東京の国電区間では、頻繁に実施していた。

 

1986/07/29 山陰線 石見津田/益田、255D 益田行

1986/07/29 山陰線 石見津田/益田、255D 益田行
出雲市発浜田行3255が、そのまま255D普通として益田まで運行

 次とその次の画像は、快速3255Dが浜田から普通255Dとして変わった列車になる。

天井の水タンク設置で、手前がキハ58、2両目はキハ28と思われる。窓の状態からでは

冷房は稼働で、よって2両目のキハ28は冷房電源付きのキハ28 2000~と推定する。

 なお1両目で窓が2個所開いているが、もしかしたら冷房の効きが悪いか、あるいは

旅行者が海風に当たりたいと思って窓を開けたかの、どちらかと勝手に推定となった。

 

晴れた夏の山陰線の海側の車窓はすばらしく、海を入れての撮影を実施でいろいろな

場所等選定していた当時の経緯を思いだしてきます。

 

 

   参考:JTB時刻表1986/08