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1984/08/02 赤羽線 十条、池袋31編成103系(クハ103-273)

1985/08/14 赤羽線 十条、池袋32編成103系(クハ103-275)
今回も赤羽線103系からになるが、103系10両編成となった後の撮影画像になる。
十条駅はホーム延長で、そのため停車中の10両の撮影が困難になってしまっていた。
今回の画像は混色編成であり、10両全部が黄色5号の撮影画像は見つからなかった。
最初の1984年の撮影画像は、池袋側から2両目と3両目のみ黄緑6号に見える。
モハ1ユニットのみ異色。次の1985年の撮影画像は、2両目から7両目の6両が黄緑6号の
ようである。この頃は混色編成が多かったようだ。
赤羽線は103系となってから、編成ごと以外にも車両ごとに山手線と入替が発生か、
混色での運転が多発に感じる。それに加え、高運転台車ATC準備車の使用や、中間の
モハやサハの移動等が時間をおいて順番に発生したため、黄色5号へ塗装変更されても
定着しにかった可能性。さらにこの後埼京線として使用のために再び黄緑6号に塗装が
変更になったため、どうも混色電車発生の頻度が高かったと勝手に推定。
あくまで自分の当時の記憶と感触からになるが、赤羽線の103系の混色は、埼京線の
開通直前までかなりの頻度で絶えず発生していたと思われる。その頻度は横浜線に次ぐ
第2位ではないかと想像してしまう。
1985/09/30埼京線開業の1か月少し前には、まだ黄色の103系が赤羽線に残存していた
ことになる。しかし少なくとも103系10両編成の埼京線では、黄色5号で使用の103系を
自分は見た記憶がない。対応の現場の方は塗装変更を急いで大変であった可能性あり。
はたして開通直後には塗装変更がどうしても間に合わず、黄色5号での埼京線103系が
発生した可能性はあったのでしょうか?

1984年/1985年の赤羽線編成、1985/08の記録が出てこず、困惑です
なお、赤羽線の混色電車は、池袋より北側から通っていた複数の鉄道好きの友人の方
からいろいろ情報をいただくことができた。赤羽と池袋での毎日のように乗り換えが
発生でうんざりしていた方々は妙に連帯感があるのか、「赤羽線利用者の会」ができて
いたようで、そこから情報もいただいていた。なお、赤羽線に限らず色々な方面から
くる方からの情報はとてもありがたく、聞いた週末に関連の駅や駅間で2時間待つと、
運が良ければ混色編成を撮れることができた。もちろん全く来ず成果ゼロの日もあり。
平日朝のピーク時と比較して、日中の稼働率は良くて半分強、悪いと1/3~1/4となる。
従って相性が悪い線区では、来るまで何回も行く必要あり。自分の場合は京浜東北線
との相性が悪く、なかなか混色編成と遭遇ができなかった経験あり。しょうがない。
そんな日は、来た普通の103系などをとりあえず一応は撮っておこうとしていたが、
これが今となっては普通に貴重な撮影画像となっている状態である。東京の国電で、
ノーマルな編成の撮影が結構見つかった線区は、たいていは混色電車を追っていた線区
であった。なお、横浜線だけはノーマルな一色編成の方が少ない時期が長く、むしろ
一色編成を撮ろうとか思った時期もあり。線区による事情がいろいろあったようだ。
参考:国鉄電車編成表1985他
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以下は、雑談と個人的な思い出の、本文からは全く脱線した内容事項になります。
特に不要な方は飛ばして下さい。よろしくお願いいたします。
怪しい雑記2:鉄道好きの地理感覚2
ヘビーな鉄道好きの日本の地理感覚は、異常に高い
プライベートなら多少は使えたが、落とし穴には注意
若手時代はスキーにハマり、会社の先輩友人や後輩も含めて毎週の様に行っていた。
ただし当時はスキーブームで、気軽に行けるところは週末の道路渋滞がとんでもない。
配属先の職場は、金曜夕方5時に上がり土日2日とも休むことを、事前調整なしで実施は
何と犯罪者扱い。土日に休むのに何で申請がいるのか、しかもOKが出るとは限らない。
参った。ただし当時の競争が激しい製品の職場は他部門も似たような状況であった。
競合会社からの中途転職の方は、元の職場はもっとひどかった、まだこちらの方が
良いとか。別の人は、だからうちはこのままではうちは負けるとか。神経がマヒしそう
な感覚。平日に冠婚葬祭など本当に休むべき時は1秒でOKがでるが、スキーなどの理由
ではなかなか申請できる雰囲気がない。そのためまず大抵は週末限定で行くしかない。
週末の大渋滞に巻き込まれて大なり小なり皆ヘキヘキ、まして降雪が重なった3連休
最終日の上りでは朝帰りで会社直行レベルも実際に経験。もちろんどんな状況でも月の
朝には必ず会社にいた。ただし月朝の報告会は自分の発言が終わると落ちてしまうが。
そんな状況で、新人の時に週末のスキーで列車を薦めて一緒に行くことがあった。
帰りに新幹線や特急で食って飲んでその後落ちて帰宅という経験は、それもいいかな、
と言ってその後週末は列車スキーが増えた。その場合ではまず100%幹事役となった。
もちろん近場やたまに休めた平日では、自動車に乗せてもらうこともあったが。
スキー場の場所などの話をして解ったのは、同行の人達の日本の地理感覚がかなり
怪しい点。夜行列車(シュプール信越)で大雪がふる長野で降りて飯山線の早朝の
列車に乗り換え。6時ころから開いていた駅そばで一緒に食っていた友人との会話。
「野沢スキー場って、湯沢ではなく長野の先だったんだ」 学生の頃にバスツアーで
何回か行っていたと聞いたが、往復は100%お任せで何も考えなかったかららしい。
その友人に限った話ではないようで、長野と新潟の違いも怪しい。別の機会では、
東北のスキー場になると県名も含めてかなり厳しそう。バスツアー全盛期では、近場の
自動車で良くいくスキー場以外は微妙な感じのようであった。そしてそれはスキー場に
限った話ではないらしい。
少し後になる。旅行好きな後輩が入社、バックパッカー的に全国と一部海外も行った
らしい。宴会の席で半分冗談で、「鳥取と島根、広島と岡山、東京に近いのはどっち?」
と軽い気持ちで聞いたら、本当にわからないようで少々驚く。他の人も入って答えるが
解る方はたいてい西の出身の人。正解の人には、「秋田と山形、どっちが・・・」、と
聞くと妙な答えがくる。山形と山梨を間違えた方が1名。質問の内容以前の状態。どう
やら果物で、山形も山梨もよく知られていたから混同したらしい。さすがに山口とは
区別できていた。その延長で、東北6県や四国4県をスラで言える人はほとんどいない。
本当は、「米子は島根/鳥取のどっち?」「岩国は?」「福山は?」まで考えていたので
あるが、どうもそこまで話が行かない。何かの時に広島出身の方にそれを聞いたことが
ある。その広島出身の人でも随分悩んで迷っていて困惑表情。言われた言葉はおなじみ
「広島に親戚とか知り合いでもいるの?」
ちなみに福塩線は当時の岡山鉄道管理局であり、途中の府中電車区は岡フチの略称。
そのため特に福山や府中は岡山鉄道管理局内で、との無意識の意識がいまだに強い。
最初に福塩線に行った時は、福山も府中も岡山県と錯覚していた。気がついたのは、
しばらくしてから。ある案内図をみて、県境の線は誤植ではないかと思った。しかし
誤りは自分の頭の中、困ったモノ。それ以降は広島県と理解するようにはなった。
誤植は修正されたが、しかし本能的なのか、福山は一瞬でも考える前に口が勝手に動い
て「岡山」と答えてしまいそうになる。危ない。正解は広島県。地名の早押しクイズ
なら、自分の一番注意点となる。
スキーで月山からの帰り、村田ジャンクションで東北道に合流時、友人が運転する
自動車は福島方面ではなく仙台方面に行こうとする。少し待つが、本当に仙台方向から
進路を変えないので「東京は福島方面だよ」というと「え?マジ!」慌てて進路変更。
「福島と仙台なら、仙台の方が南ではなかったっけ? うーん」 でも正直驚いたのは
自分も同じ。ただしその友人の地理感覚が一般的に劣っているとかは、全く思えない。
これが一般人の地元以外での普通の地理感覚なのであろうと思う。先ほどの酒の席の
クイズに、「福島と仙台、南にあるのは・・・」も、追加で入れてもよいかもしれない。
ナビが広く普及する前の時代の話。ナビの必要性と便利性は、このことからだけでも
十分に良くわかるような気がしていた。
なお、この友人はナビをかなり早めに導入していた。お前少し試してみな、と言う。
最初は主要な地名を入れていたが、結構まともな答えが多いため、急遽意地悪テストに
変更。すると怪しい経路や微妙な道を提案する。面白山スキー場はどうなるのかな?
どんなスキー場、と聞かれて、電車でしかアクセスできないのだけど、と言って入力。
そんなスキー場あるの?まさか線路を通れとかの結果にはならないよな?という友人。
しかし結果はエラー。まあ、そうかも。なお、主要なスキー場は基本OKであった。
ただし、近くまでは良いが、主要道路を外れてスキー場までの最後の数キロだけは
要注意となる。そんな結果を友人と話した記憶。なおその後ナビの精度は上がっても、
面白山スキー場自体が休止か廃止のようで、まあしょうがないです。
盛岡エリアのスキー場に行く時は、八甲田や新幹線をおりてから在来線に乗り換え。
安比へ行く時は花輪線大館行に乗る。その時に、少し知っている人から聞かれたのは、
「大館ってハチ公の秋田じゃないの?俺たち秋田へ行く列車に乗っていいのかな?」
それだけ知っているなら一般的には十分でしょう。
実際には新幹線でも怪しい人もいたが、盛岡駅で在来線の発車の掲示をみていると、
行先が全く分からないと、皆口を揃えて言ってくる。どれに乗るの?どこに行くの?
八甲田を降りて、盛岡駅で6時から開く店で軽食、その後に704発の花輪線に乗る時の
こと。例えば掲示板はこんな感じ。
・710:青森行、746:沼宮内行
・723:一ノ関行
・704:大館行き
・745:大曲行
・826:宮古行き
お前は全部わかるの?行ったことあるの?とも言われた。当然であるが、そんな言い
方は間違ってもしない。人間関係を続けるにあたり細心の注意が要。一瞬考えた後に、
青森がわかればいいんじゃないの?こんな答えをしたように思う。
この時ではないが、雫石に行く時「赤渕行」に乗車の時あり。するとこの列車どこに
行くの?と言われたことがある。どこに行くのって、赤渕行列車は赤渕に行くのだが。
これ以外はあり得ない。しかしそんなことを言ってもしょうがないから、雫石は3個目
です、小岩井の次です、という。小岩井農場は比較的知名度があったようで、あ、盛岡
の近くだったんだ、と納得した?話題を赤渕からそらす。なお、小岩井農場の中には、
観光用に鉄道馬車が復元されており、行きたいと思ってはいた。家族で行ったのはもう
少し後のことになる。
さて大館行きの列車に乗る時、安比高原なら一番後ろがいい、と言うだけではだめ。
左に走るから、右側の車両の後ろがいいです。これが正しい言い方になる。結構重要。
もう一つ、大糸線でも同じであるがキハ52の半自動ドアについて。やはり手でドアを
あけるという感覚が皆さんなかなか追い付かない。これは改めて触れたいと思う。
と、ここまでなら自分は知っているとか錯覚を起こすが、必ずしもプラス面だけとは
限らない。当然問題も実際にあり。
野沢スキー場の場合では、その少し前に、戸狩駅が戸狩野沢温泉駅に改称したから。
一応最寄り駅と場所はそれなりに理解していた。ただし駅名改称があったからであり、
戸狩のままであれば、もしかしたら野沢温泉ではではなく戸狩スキー場に行っていた
かもしれない。ちなみに後日戸狩スキー場も行ったこともあり。妙な屈曲リフトがあり
印象的。どうも、友人とは別の観点で問題がありそうだ。
千葉県市原市ってどこだっけ?と聞かれて、よくわからない。しかし、五井駅で、と
言われて瞬時に理解。市原市以外も似たようなもの。特に最近は市町村の合併が多く、
駅名とは関係がない名前の市が誕生すると本当にわからなくなる。これは怪しい雑記1
で詳しく記載した通り。
駅名だけではなく、地名が鉄道路線に従属のため、時々どうなっているのかその点で
もわからなくなることがある。
親が知り合いと、長野県飯田近辺(昼神温泉らしい)と岐阜県中津川近辺に行ったと
言われてちょっと意味が解らなかった時あり。自分の頭では、飯田線沿線と中央西線
沿線は完全に別方向だから、同時は基本あり得ない。もちろん行程は、中央道の恵那山
トンネル経由、多分自動車に乗る人は何の疑問も持たず、これは常識で理解であろう。
そもそも何で中央自動車道は、木曽福島・南木曽経由ではなく、建設が困難な恵那山
トンネルを設置してまで伊那・飯田経由にしたのであろう?沿線人口等を考慮しての
判断であれば、それは当然納得せざるを得ないが。同じことであるが東北自動車道は
大鰐弘前経由であり八戸経由ではない。多少の迂回は理解するが、そもそも東北線と、
花輪線・奥羽線は自分の頭では完全に別世界になる。もちろん経由地の人口などを考慮
は当然あり得るが、八戸と弘前ではそこまで差があるのであろうか?自分の頭では八戸
自動車道の方が本道としそうになる。行く前の構想段階とか、ちょっと聞いたときとか
では誤判断になりかねない。
スキー場でいえば、志賀と草津・万座について。自分の頭では、志賀高原は信越線
で、草津・万座は上越線・吾妻線で完全に別。その間には大きな壁がある。ただしその
壁は春になると雪解けする。シーズン中はいいとして、除雪が済んだ志賀草津高原
ルートが開通すると一体化してしまう。グリーンシーズンに志賀高原に行った人から、
関越道を渋川伊香保で降りて、と言われて、最初は意味がよくわからなかった。
新宿から高山へ行く高速バスも同じ。中央道経由と聞いたから、多治見経由とかで
最終的に高山線に沿って行くと想像したが、全くの思い違い。松本から安房トンネル
経由だそう。中央西線・大糸線と高山線は全く別であるのは先ほどの例と同じこと。
多少の知識があったりするから、確認しないと大変な誤解になることもありそう。
地方の線区だけではない。自分の頭の中の東京の地図は、山手線を中心にした極座標
である。山手線のターミナルから放射状に国鉄や私鉄の路線が伸びる。そして、その
放射状の路線は住所と一体となり、浮気はない。中央線の人は中央線、西武新宿線の人
は西武新宿線。西武池袋線、東武東上線も同じ。その中間から近い方で決まっている。
現実的には、どちらも使える(ということはどちらも使いにくい)場合も多々あるであ
ろうが。しかし中央線の定期を持つ人が、今日は西武新宿線で帰る、という発想が出て
こない。逆もしかり。意味が解らない。あなたの家は中央線に帰属ではなかったので
しょうか?その人の家の位置が急に少し北にずれた気分。自分の頭の中では、その人の
家は引っ越ししたと認識。全く困ったモノ。
いまま述べた問題もあるが、最悪な例が、モノレール開通前の那覇。自分の基準にな
る駅、特に中央駅のような原点にあたるものと線路という軸がない。地理感覚以前に、
そもそも座標をあらわす原点や軸がない。自分が理解できる手段を全て絶たされてしま
い、地図がない砂漠やジャングルに感じてしまう。まあ、その場合は例えば主要バス
ターミナルが原点で、主要なバス路線が軸になりそうか。
結局モノレール開通となり、ようやく那覇には自分の頭の地図が少しはできていた。
行ったのは当然モノレール開通後である。空港からモノレールに乗りホテルへ。当然
ホテルは主要駅から激近。まあ、こんなもでしょう。