一睡の夢:国鉄末期の12年

40年ほど前の国鉄時代の記録

飯田線旧型国電 新旧共演31-5

1983/03/05 飯田線 辰野、250M待機 クモハ53007、1261M待機 119系

 辰野の南西側留置線に並んだクモハ53007と、投入から間もない119系の並び。

少し前までは、この並びは119系ではなく80系であった。80系の方が先に置換対象。

この後戦前車は4か月ほど使用。最後の半年、飯田線詣ではまだまだ続くことになる。

 

 

  参考:写真で綴る 飯田線の旧型国電 増補版

     JTB時刻表1983/03

 

 

飯田線旧型国電 新旧共演31-4

1983/05/05 飯田線 七久保
右:247M 上諏訪行 クモハ54125、左:240M 飯田行 119系

 80系運用が119系に置き換わり、約4か月後に戦前車が置き換わった日程のため、

しばらく119系と戦前車の併用の時期が存在した。この119系は最初の製造であり、

正面白帯のなか、上端近くに手摺がある。二次車は白帯の僅かに上に上摺りがある。

ちなみに白帯は塗装ではなく、なんとテープ!正直少々驚きました。

 

1983/05/05 飯田線 七久保右:247M 上諏訪行 クモハ54125、
中央:240M 飯田行 119系、左:2505M天竜5号 長野行 165系

 この時は、下り247M上諏訪行の急行通過待ち。少ししたら165系がゆっくりと通過。

少しシャッターを押すタイミングが早かったか、との印象の画像になってしまった。

 

  参考:写真で綴る 飯田線の旧型国電 増補版

     JTB時刻表1983/03

 

 

飯田線旧型国電 2色共演31-3

1982/11/28 飯田線 伊那大島、1226M 豊橋行、クハユニ56012,244M待機 80系

 伊那大島では、日中に1編成が待機で停車していた。午前中に上片桐行が戻り停車。

夕方に上片桐まで戻り、上り244Mとなる80系となる。(休日上片桐/伊那大島間運休)

 

1983/05/04 飯田線 伊那大島、1228M 豊橋行、クハユニ56012、回259M待機 119系

 上記の5か月少し後の撮影、同じクハユニ56012が映るが、待機車両が119系に変化。

豊橋機関区の80系は、2月に119系に置き換わってしまった。戦前車はあと2か月ほど。

置換を前にした、新旧共演がこの時は見ることが出来た。

 

 

  参考:写真で綴る 飯田線の旧型国電 増補版

     JTB時刻表1982/09,1893/03

 

 

飯田線旧型国電 2色共演31-2

1982/03/16 飯田線 豊橋、645M 伊那大島行(クモハ54129),845M 豊川行

 夕方の豊橋駅飯田線1番線と2番線。戦前車と80系が並ぶ。

左の80系は20分程度で到着の豊川行。しかし右の伊那大島行は4時間以上もかかる。

車両の設備などを考えたら、使い方が逆ではないかと乗客目線では感じてしまう。

80系投入から置換まで、普通電車は運用は決まっていたが双方が使用されていた。

 

 それそれの電車の行先表示は、駅の案内表示扱い、従って出発直前に外される。

この豊橋駅での案内手法は、自分が初めて豊橋でみた1975年では既に行われていた。

当時飯田線豊橋から行った方は皆見ているはず。洗礼儀式のような印象であった。

旧型国電置換後でも、119系でも少し異なるが同じように行われていた画像があり。

ただし、それもいつか廃止になったらしい。合理化の波は、少しずつ押し寄せてくる。

国鉄末期の状況をあらわした画像の1枚になってしまっていた。

 

 

  参考:写真で綴る 飯田線の旧型国電 増補版

     JTB時刻表1981/12

 

 

飯田線旧型国電 2色共演 31-1

1982/03/16 飯田線 三河大野、1226M 豊橋行(クハ68420),1225M 辰野行

 1978年~1983年まで、飯田線の普通電車は戦前車と80系が半々で運用されていた。

 戦前車は3ドア車が多く、クモハ61のようなロングシート車も一部あり共通で使用。

青梅線のクモハ40と飯田線のクモハ61は車内設備は基本同じ、まさに通勤電車仕様。

 それに対して80系は、165系より冷房等で劣るとはいえ、車内は基本急行電車仕様。

この様な全く異なる車種が、同じように飯田線では普通電車として使用されていた。

 使う側、利用する側、それぞれ違和感とか使いやすい使いにくい等あったのでは?

ただ当時の国鉄の非電化区間では、キハ58や55とキハ35が一緒に連結での使用もあり。

思ったほどは問題にならなかったのかもしれない。

 

 上の画像は、15時過ぎの三河大野駅の下り側からの撮影。

左の横須賀色の戦前車も右の湘南色の80系も、この撮影の翌年には置換となっている。

それまで残り1年ほど、この時初めて青春18(のびのび)切符の使用を行なっていた。

お金に余裕がない学生には、それは天与の恵み、状態。国鉄さん、本当に感謝です。

結果、自分も周りも、ヘビーユーザーとなってしまっていた。

 

 

  参考:写真で綴る 飯田線の旧型国電 増補版

     JTB時刻表1981/12

 

 

 

 

飯田線旧型国電最後の力走30-3(13026)

1982/03/09 飯田線 飯田、1222M 豊橋行、クモニ13026

 今回は、③の1222Mのクモニ13026から。

本来は、③1222M/④1227Mにはクモニ83が1両一番上り豊橋寄りに連結であるが、

代わりにクモニ13が連結された時の撮影画像になる。1度だけ見る機会があった。

この時は、普段見ることが出来ない上り側第2エンド側の運転室が先頭になっている。

 写真で綴る 飯田線の旧型国電 増補版P128中段右側にクモニ13025の画像があり。

この画像と比較で、025と026の違いが判る。詳細は29-1(13025)参照ください。

なお、P128上段の画像はクモニ13025ではなく026と思われる。

 

 今回で一連の、1980年から1983年頃の飯田線の営業用の旧型国電と、クモエ21009

について、54両の画像をあげることができました。これでいったん終了になります。

 

 

 今後は追加で当時の雰囲気を伝える画像や、165系/119系他をあげたいと思います。

そのため、旧型国電ではない撮影もあります。

 

 どうかよろしくお願いいたします。

 

 

  参考:決定版 旧型国電車両台帳

     国鉄電車の歩み(30系から80系まで)、

     国鉄電車ガイドブック 旧性能電車(上)

     写真で綴る 飯田線の旧型国電 増補版

     飯田線 旧型国電等(上)二扉車・合造車

     ザ・ベストNゲージ旧型国電 珠玉のNゲージ作品集

     JTB時刻表1981/12他

 

 

飯田線旧型国電最後の力走30-2(13026)

1983/05/03 飯田線 七久保/伊那本郷、荷2042M 天竜峡行、クモニ13026/クモニ83103

 今回は、②の荷2042Mのクモニ13026から。

飯田線は南北に走るため、基本的には上り荷2042Mは先頭のクモニ83が順光となる。

しかし曲線区間が多いため、下り側後部も午後順光での撮影は、場所を選べば可能。

それが今回の撮影画像。クモニ13が先頭では、荷2042の印象はまた変わっている。

 

1983/05/05 飯田線 伊那松島/沢、荷2042M 天竜峡行、クモニ13026/クモニ83103

 同じく荷2042Mの後ろからの画像。少し遠いが、いつまでも見てしまいたくなる。

この撮影が、飯田線で最後に見たクモニ13/クモニ83の荷物電車となってしまった。

 

1980/07/25 飯田線 伊那松島、荷2042M 天竜峡行、クモニ13026/(クモニ83103)

 

  参考:決定版 旧型国電車両台帳

     国鉄電車の歩み(30系から80系まで)、

     国鉄電車ガイドブック 旧性能電車(下)

     写真で綴る 飯田線の旧型国電 増補版

     飯田線 旧型国電等(上)二扉車・合造車

     ザ・ベストNゲージ旧型国電 珠玉のNゲージ作品集

     JTB時刻表1983/03、1980/07他