一睡の夢:国鉄末期の12年

40年ほど前の国鉄時代の記録

飯田線旧型国電最後の力走2(53007/68400)

1983/05/04 飯田線 千代/天竜峡、625M 天竜峡行、クモハ53007/クハ68400

1975年の下の画像でも、相手のクハはトイレありで、クハ68400で同じであった。

1978年の80系投入で戦前車の半数置換え、その時クハで唯一トイレ無し68042が残。

 その相手が53007になったため、極力4両編成でトイレ無し運転を避けるために、

 この編成は限定運用で、53007がなかなか先頭に出なくなってしまった。

 再末期に相手が再び68400(トイレあり)になり限定運用は解除、になった経緯。

 ただし今度は、68042の新しい相手の51029が先頭に出なくなってしまった。

 なお当初は68042が残ではなく68402の間違いと思っていた。(68402は1978年廃車)

 

1975/08/21 飯田線 上片桐、クモハ53007、当時は運転席側窓は木枠のまま

1983/03/05 飯田線 辰野、クモハ53007

 クモハ53007←43041(1937年製)

張り上げ屋根、ノーシールノーヘッダー、大窓の53007は特徴のある形態を保つ。

戦前の京阪神間の急行電車、いまの新快速電車のイメージに近いように思える。

上り向き奇数車で、運転席側に抵抗器/電気側が確認で、奇数設計に見える。

 

1983/03/05 飯田線 辰野、クハ68400、助手席側の下側窓枠の幅が大きい

1975/08/21 飯田線 上片桐、クハ68400

 クハ68400←68040←55123←68009(1936年製)

1978年半数置換後の末期飯田線のクハ68では、旧51系(客ドア間の窓が6個)は7両。

68400は、正面助手席側窓が四角の木枠で、下側窓枠の幅が特に大きく窓が上寄り。

やや似た形状は68410にもあるが、68400は正面中央ドア窓が低い位置にある。

68410は正面中央ドア窓と助手席側ドア窓が上下とも高さが概略同じで区別可能。

 

 参考:旧型国電車両台帳、国鉄電車の歩み(30系から80系まで)、

    国鉄電車ガイドブック 旧性能電車(上)、飯田線の旧型国電 増補版

    時刻表 1983/03、他