
北海道の入り口、青函連絡船を降りたら出迎えてくれる函館駅の曲がったホーム。
その端の4番線に停車中の網走行おおとり。北見で切離しの後ろの2両がよくわかる。
その手前で、食堂車とグリーン車も確認される。全部で9両編成の長距離特急列車。
撮影の時点において、昼行の列車の食堂車は、このおおとりとオホーツクの一部のみ。
この印象的な姿は、当時函館で特急列車を見た方なら思い出すでしょう。
撮影当日は、青函連絡船や、それの接岸に伴う控え車を連結の貨車の入れ替え作業、
なども捉えていたようだ。連絡船もあと2年のため、それらの関係もこの機会に撮影、
としていた。

後ろには函館の代表的な観光地、函館山、右奥方向は連絡船への通路になっている。
函館山は良く見える時が多かったが、実際に行ったのはもう少し後になってから。
ただしそれは、青函連絡船や函館駅等を函館山の上から望遠レンズで撮影するため。
連絡船が廃止されるおよそ1年前の頃のはなし。函館山自体へ行くためではなかった。
その時は就職していたため、ロープウエーの往復切符を買っていたが、もしこれが学生
の時であったら、下りだけは歩くとか、時間を合わせてバスにしたかもしれない。
当時、いわゆる観光地については、天気が悪い日に可能なら極一部のみという状態。
それだけではなく、名物的料理以前に駅弁すらろくに買わなかったことも多く厳しい。
目的は明確で優先つけすぎ?でももう少し余裕もって広い視点で考えても良かった?
今から思うと、あまりに視点や観点が狭すぎたと思う点が、実に多すぎる。
お前、それだけあちこちに行った割に、見るべきとことには行っていないのか?
食うべきものを食っていないのか?
会社の宴会で上の人から言われた妙な言葉、でもその通り。困ったモノ。
それでも北海道では、一般の人が行く様なところには多少は行っていたからまだまし。
中国地方や四国九州では、もっと本当に極端になっていた。
あくまで結果論であるが、しかし当時は余裕があるなら**も撮れると思ったようだ。
時間も予算も苦しい中の撮影の行程を見ていると、なかなか思う点が出てしまった。
参考:JTB時刻表、1986/03